【経済学】ド素人の純粋な疑問。

 最近、特に思うのは「わからないことについてとことん学びたい」と思う。それがいま自分の喜びだったり、生きるモチベーションになってる気がする。知識欲も人間の3大欲求に加えてほしい。きっとそれは真実。

 ※気軽に【経済学】と称してしまったけど、経済学についてはきちんと勉強してきた方がいたらぜひ足りない部分を補足してほしいです。


 今日たまたま、「あのひとの会社、年商数億なんだって」といわれている人と会う機会があった、しかも偶然。偶然だったので、数十分だったけど歓談したわけです。

 そのひとは一見普通の人にも思えるし、なんだかさっそうとしたオーラをまとっていて「う~んなんか、わかる」っていう感じの方なんですね。目の前にそういう人がいるってことで身近に感じられて、恐れ多くも自分の身に置き換えて考えてみたりして。


 仮に会社が年商1億ちょいだとしてもたとえば、一か月に1000万円くらいの売上なんだよね。それってどうやって達成するんだろうって思った。例えば、単純に3,000円の商品だったら3333個販売出来て初めて1000万円。それがひと月!?

 多分こういう商品構成じゃないなってそこで気づくよね。それをかなえるなら、人件費も製造コストも半端ないし。


 そうなるとそうやって達成するんだろうって純粋に疑問に思うと、仕組みとかそういうのが普通に製造・販売して終了する話ではないって気づく。商品単価がもう数百円・数千円っていう規模だとそことはもう世界戦が違うっていうことだと分かる。


 もちろん、そういう商品がダメって話じゃないよ。でもそういう規模感のものって、ふだんわたしが個人消費者として消費している域を超えてるなっていうことが分かって。


 その数字(年間売上1億超え)を生み出すためにはもう今のわたしとは次元が違うところで生きているんだと思う。

 抽象的な言い方になったけど、たとえば持久走、小1の子がトラック一周で終わるところを年齢を重ねれば、3年生は大外回りになったり、高学年はトラックを超えて学校の外のコースに出て行ったり。

 学年を重ねれば、見える世界が違ってくる。それに比例してしんどさも変わってくる。

 ようは話を戻すと、動かすお金の額が違えば、その世界戦を知るには伴う痛みも含めて覚悟がいる。


 話は変わって、数年前の私は「人に仕事を振る」っていうのがテーマであった時があった。今となってはちょちょいのちょい?そこまでハードルの高いことではない。でも当時はわからなかった。いまもワンオペでいろいろ頑張っている人いるけど、なぜそこを手放せないのか。まー私もか。


 きっと、「人に仕事を振る」は、「パートやアルバイト、外注にもちろん有償でお仕事を任せていくこと」の前ぶりだったと思う。人手を増やすことで、生産性を上げて相対的な売り上げを上げていくことにつながる。答えは簡単、自分だけにもっていたやり方を可視化して、マニュアルを決めるってこと。物差しを決めておくってこと。


 こんなことでも、「持久走トラック一周の1年生」にしてみれば、想像もつかないわからないものなんだよ。

  もちろん経営は持久走の学年みたいに時系列でうまいこと変わっていくわけではないけど、その世界に行くにはどうしたらいいのだろうか。次のステップに行くときは、どうするのか。

 たくさんの事例を調べてみることにして、いまいろいろと読み漁ってます(笑)それはもう個人が手に持てる大きさとは程遠いんだと。会社設立して、規模感が変わるとしたらやってみてもいいのかなと思っていたりする。はたまた株式会社なのか、合同会社なのか。

 もちろん目の前の大事なお客様をないがしろにはしない。それを踏まえたうえで「動かせる手元の持ち物をおおきくするんだ」っていうその答えで落ち着いた。簡単なんだけど、それってなかなか気づけない。


※年商○億をめざしたいっていう単刀直入なお話ではなく次のステージに移るときは、視野を大きく換える必要があるってお話し。